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結婚式は派手だけど東照宮は地味です

  • 2012/12/21(金) 10:07:07

名古屋東照宮(なごやとうしょうぐう) ■所在地/愛知県名古屋市中区丸の内2-3-37 ■御祭神/徳川家康公 ■創建/元和5年9月17日(1619年)

(参拝日/平成24年10月12日)

ここ名古屋東照宮は元和 5年(1619年) 9月17日、初代尾張藩主徳川義直(家康公9男)が名古屋城内の三の丸に、南光坊天海を導師として父である家康公の神像を祀り、東照宮を造営したのがはじまりです。創建当時、境内は3600坪もあったといい、城内に祀られた東照宮としては最も豪華であったといわれる社殿は、権現造で、内外に彩色がほどこされた壮麗なものでした。

名古屋006
尾張名所図会に描かれた「三の丸 御宮の圖」(三の丸東照宮)です。
凄い規模ですね…広〜い!

江戸時代を通じて、東照宮祭は亀王天王社(現在の那古野神社)の天王祭、若宮八幡社の若宮祭とならんで名古屋三大祭とされていました。なかでも東照宮祭は戦前まで、名古屋最大の祭りとして親しまれていました。
江戸時代、三之丸の東照宮から本町通(当時の名古屋のメインストリート)を下り末広町の御旅所まで、三基の神輿と山車が繰り出され、総勢4000名を超える人々が行列を作って練り歩いていたといわれています。

明治維新後、名古屋鎮台が名古屋城内に設置されることになり、明治 9年(1876年)10月、名古屋東照宮は、旧藩立校明倫堂跡の現在地に遷座されました。創建以来の権現造の本殿、楼門、唐門、透塀などの建物が移築され、当時の国宝に指定されています。しかし、昭和20年(1945年)の空襲で義直創建以来の本殿、主要建造物を全て焼失しました。

名古屋東照宮古写真
昭和初期の「名古屋東照宮」です。古い写真ですが、よーく見ると拝殿の豪華さが何となく分かるような…。上の尾張名所図会に描かれている社殿をそのまま移築したこともよく分かりますね。

三の丸模型
こちらは東京大学工学部建築学科蔵の「三の丸東照宮社殿模型」です。

戦前に制作された戦災消失前の精密模型で、左から拝殿、石の間、本殿です。この模型を見ると屋根は赤瓦か赤銅で葺かれていたようです。当時の華麗な社殿が偲ばれますね。空襲で焼けてしまったのが実に惜しいです!今残っていればきっと名古屋の観光名所になってたのに…

現在の社殿は昭和29年(1954年) 尾張徳川家菩提所の建中寺より義直の正室、春姫の御霊屋(おたまや)を移築したものです。この御霊屋は慶安4年(1651年)に万松寺境内に建てられ、大正3年(1914年) に建中寺へ移築されていたものでした。
現在は愛知県の有形文化財に、また名古屋市の都市景観重要建築物に指定されています。

以上が名古屋東照宮の由来ですが、ところがここを知っている人って案外少ないんですね…
以前、友人に「名古屋東照宮って知っとるだろぉー」と聞いたところ「知らぁ〜ん、それどこだぁー」。「なんでぇー?お城の近くにあるがぁー、丸の内んとこぉー」と言ったら、こんな答えが…
「あー、そういやぁーあそこに何んかあったなぁー、あの薄暗い陰気なとこかぁー?」「そぉーそぉー、それが東照宮だわぁ」(ここまで名古屋弁でお願いします)
というくらいの超地味〜っな存在ですf^_^;)
名古屋城の南、三の丸官庁街から外堀通りを挟んだ南側にありますが、東照宮と隣り合わせの「那古野神社(なごのじんじゃ)」ともども、地元の方の散歩コースになっているくらいで、観光客などはほとんど来ません(たぶん…)。私が参拝した時も地元の散歩の人しか見ませんでしたf^_^;)
ひっそりしてますので、静かな場所が好きな方、歴史マニアの方は名古屋城だけでなく東照宮にもぜひ。(笑)

名古屋008
これがその陰気な神社…いや、立派な「名古屋東照宮」の入口です。

名古屋002
こちらが境内です。やっぱりなんか陰気?たぶん植木のせいだと思いますが、ゴチャゴチャして狭苦しい感じがします。

名古屋001
植木の手入れをしていただくと、もう少しスッキリするのでは?

名古屋004
明るい時に撮影したのでまあまあ見れますが、怖くて夜はここには来たくない…

名古屋005
奥が拝殿です。しかし木が邪魔ですね…何とかならんのかな?
唐門も塗りが剥げてて地味です。透塀の意匠も割と単純。

名古屋003
拝殿ですが、尾張藩祖の正室の御霊屋だっただけに、以前はかなり豪華だったことが分かります。今は彩色が残っているのかいないのか分からない状態です。

「名古屋東照宮」ですが、やはり東照宮というイメージではないです。拝殿も建中寺の御霊屋を移築したものなので、どちらかというと「お寺」という感じでしょうか。お寺として見ればそれなりに侘び感もあって、好きな人はこれがいいのかも知れないですね。しかし、東照宮というからには修復くらいしてもらっても良さそうな気がします。徳川御三家筆頭の「名古屋東照宮」にしては寂し過ぎる(T . T)
名古屋は空襲で丸焼けになっていますので「国宝名古屋城」をはじめ、こちらの東照宮、その他の寺社も古い建物は残っていないのは仕方ないんですが非常に残念です。(名古屋市には現在国宝の建物は無し)
でも「徳川美術館」、ここは凄い!国宝、重文、お宝がいっぱいで超お薦めです。おもてなし武将隊を見るくらいなら徳川美術館へぜひ!

河村名古屋市長、名古屋城本丸御殿の再建もいいけどここを何とかしてくれ!名古屋っ子としては、岡崎市からこちらへ周ってきて特にそう感じました。あーあ、戦前の東照宮を見たかったなぁ!
以上、「結婚式は派手だけど(最近はジミ婚もあるらしい)東照宮は地味です」でした。

名古屋東照宮G
こちらが宮司の奥様にいただいた御朱印です。
右から、奉拝 東照宮 日付です。

悪口ばかり書いちゃったけど、葵の御紋を二つも押していただいたので今回は許す!

次回は、えっ?こんな所にも東照宮が?Part2(勝手に作りました)、岐阜県高山市の「飛騨東照宮」をご紹介します。ここがまた御朱印をいただくのに苦労しました(T . T) 詳しくは次回の記事にて。

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