スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

こちらも日本三大東照宮だそうです

  • 2012/12/22(土) 21:59:50

滝山東照宮(たきさんとうしょうぐう) ■所在地/愛知県岡崎市滝町山籠107 ■御祭神/東照大権現(徳川家康公) ■創建/正保3年(1646年)

(参拝日/平成24年11月18日)

ここ滝山東照宮は、愛知県岡崎市滝町にあり日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮の一つとされています。
正保元年(1644年)、三代将軍 徳川家光は祖父家康公が誕生した岡崎城の近くにも東照宮をと考え、古刹でもあり家康公もよく訪れていた滝山寺を選定し、ここに観請せよということで、正保3年(1646年)9月17日に滝山寺に隣接して創建されました。
昭和28年(1953年)11月、本殿ほかが国の重要文化財に指定され、昭和44年(1969年)より社殿の復元・大修理を行い昭和46年(1971年)に完工しました。

いやぁー、ここでもやりましたか家光さん。
お陰様で私たち後世の人間がこんな所で東照宮を拝めるのも、みんな貴方のお陰です!ありがとうございますm(._.)m
また、社殿の復元・修理をしていただいた東照宮さん、岡崎市さん、お礼を申し上げます!

それに比べて、しっかりしろよ名古屋東照宮!(思わず怒りたくなるわ…)
今のままだと誰れも名古屋に観光に来んくなるぞ。「おもてなし武将隊」ブームなんかいつまでも続かんわ!
と言っても、ここ岡崎市にも「グレート家康公「葵」武将隊」なるものがあるんですが…んんん?
まあ、歴女にはどちらも人気があるようですがね。正直かんべんして欲しいです。
こういう一過性のものはいつか無くなる運命かと…。以前、あちこちに「◯◯戦国時代村」なるものが作られましたが知らないうちに消えてるし…もっと真に歴史のある建造物の修理、復元に力を注いでほしいと思う今日この頃です。
どうも歳を取るとグチばかり多くなっていかんわ(笑)

ここは、以前ご紹介した大樹寺がある岡崎市街を東へ4kmほどの静かな山間部にあります。青木川を渡り細い道に入ると大きな山門が見えてきます。これが「滝山寺」の仁王門です。(何かはじめて紀行文らしくなってきたな…)

滝山010
こちらがその仁王門です。

滝山寺、滝山東照宮へはここから500mくらい走ります。やがて瀧山寺・滝山東照宮の看板が現れ、鳥居の横に小さな駐車場がありますがそこを左折。山の中を100mほど上がった所に大きな駐車場があり、そこへ車を停め鳥居をくぐり鬱蒼とした森の中の石段を登って行きます。(季節によっては蜂に注意!)

滝山東照宮01
ほんとうに鬱蒼としています。

100段程の石段を息を切らせながら登ると、突然目の前が開け広い境内に出ます。その先に森に囲まれた立派なお堂が現れますが、これが滝山寺です。

滝山011
こちらですね「滝山寺」優美な姿です!右に見える緑の屋根が「東照宮」。

滝山013
この本堂は室町時代前期の建立で寄棟造。檜皮葺きの屋根の勾配が実に素晴らしい!

もちろん先程の仁王門ともども国指定の重要文化財ですが、実はこちらのお寺には、もっと凄い寺宝が。これは改めてご紹介します。んんん…侮れんぞ岡崎市!(何回も言いたくないけど名古屋、完全に負けてます(T . T))
まあ、昔から名古屋のある「尾張」と岡崎のある「三河」は仲が悪いとはいわれてますが…

滝山016
こちらが東照宮の境内です。左の屋根が隣接の滝山寺、右手が社務所ですが閉まってます。
ここもいろいろあるんだなぁーこれが…

滝山東照宮03
全景が見えてきました。手前の屋根が「拝殿」奥の千木が乗った屋根が「本殿」です。
それにしてもやけに石灯籠が多いですね…

滝山東照宮02
少し回り込んで見ます。左が「本殿」の屋根、右側が「中門」の屋根。

滝山東照宮05
重要文化財の「拝殿」です。この日は社務所も閉まっており拝殿の扉も閉まっています。

滝山東照宮06
扉が開いているとこんな感じで「本殿」を拝むことが出来ます。

滝山東照宮07
近寄って見ると若干塗りが落ちていますが、やはり彩色・彫刻とも素晴らしいです。

滝山東照宮09
「蟇股(かえるまた・梁上に置かれる部材)」には鳥の彫刻がありますが、なんの鳥かな?
梁(はり)には葵の御紋です。

滝山東照宮08
「木鼻(きばな・頭貫に付けられた彫刻)」の唐獅子がなんか可愛い。柱には青海波に葵の御紋。

滝山003
「本殿」です。階段や扉の塗りの剥落が激しいですが、軒下の彩色は十分に見ごたえがあります。
いっぱい画像を紹介したいのですがキリがないのでここまでに(^^;)

滝山東照宮04
境内に入った時から気になったのですが、あまり広くもない敷地に石灯籠がギッシリ!

滝山東照宮10
こんな状態…二列縦隊になってます(^-^) 各大名家からの寄進のようです。

浅野灯籠
こちらは参道を登った所にある「播州赤穂城主
浅野内匠頭永(長)直」寄進の灯籠です。

「浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)」といっても、あの「忠臣蔵」で有名な、元禄赤穂事件で切腹した浅野の殿様ではありません。祖父の初代 播州赤穂藩主「浅野長直(あさのながなお)」寄進の灯籠です。
江戸城中で吉良さんに切りつけて切腹したのは、3代藩主の「浅野長矩(あさのながのり)」なので、なんか紛らわしいですね。

会津灯籠
こちらが浅野さんの隣にある「保科正之(ほしな
まさゆき)公」寄進の灯籠です。
これにはびっくり!

保科正之公」という方は家康公の孫で、二代将軍 秀忠の「隠し子」三代将軍 家光にとっては異母弟です。秀忠の正室「江(お江与)」という女性は大変嫉妬深く、秀忠に側室を持つことを許さなかったそうです。

そんな秀忠が生涯ただ一度、浮気をして出来た子供がこの「保科正之公」でした。幼名を幸松といいます。
NHKの大河ドラマ「江」では江がこの幸松を可愛がり、家光、忠長と三兄弟を一緒に仲良く遊ばせている場面がありましたが、あれはとんでもない話で事実は、江は嫉妬のあまり幸松を二度も暗殺しようとしたといわれています。(しかし、あの大河ドラマ「江」はほんと酷かったなぁー!あれで街起し計画した所は可哀そう)危険を感じた秀忠の側近が、当時江戸城内に住んでいた武田信玄の娘「見性院」に幸松を預けて養育を頼み、後に桜で有名な信州高遠藩の保科家へ養子に出されます。

武田信玄の娘の見性院さんですが、毅然とした人で、江から幸松を引き渡せと要求されても頑として突っぱねたといわれます。正之公の命の恩人でもあり慈悲深く、後に名君となる正之公の人間形成に大きな影響を与えた女性です。

秀忠の死後は家光にその実直で誠実な人柄を愛され、会津若松35万石を与えられ会津松平家の藩祖となりますが、この正之公の実直で誠実な人柄が作った家風が幕末には裏目に出て、「会津藩の悲劇」を生むことになってしまいます。
この話し、来年の大河ドラマ「八重の桜」でやると思いますが、私はたぶん見ない。(最近の大河ドラマに失望中だからね…)
しかし「会津藩の悲劇」いつまで続くんでしょう?この前の福島の原発事故といい、そういえばあの時の首相は確か長州出身だったな…、今回の出戻り首相も長州出身だしな。首相、もう会津を苛めないでね。

正之公の有名なエピソードで、家光に「お前は余の弟であるから松平の姓と葵の紋の使用を許す」と言われたのを固辞し続け、養子として恩を受けた「保科」姓を生涯名乗り、葵の紋も使わなかったという話があります。(会津保科家が松平姓を名乗り葵の紋を使ったのは、やっと3代目になってからです。)
自分を養育してくれた見性院、養子にしてくれた保科家。大大名に取り立ててくれた将軍家の恩を忘れたことは生涯なかったそうです。(うう…泣ける話しやな!)

江戸時代屈指の名君と言われた方ですが、あまり有名でないのは何故か?これ以上書くとまた長文に…(写真でごまかしてるけど毎回長文)
詳しい事が知りたい!と思った方は「保科正之」「会津藩の悲劇」で検索してみてください。

そんな保科正之公の寄進の石灯籠がここにあったことにびっくりでした。

会津灯籠
東照宮大権現御寳前
慶安四辛卯年四月十七日
會津従四位上少将源朝臣正之
と刻んであります。

最後の「源朝臣正之(みなもとのあそんまさゆき)」が保科正之公の正式な(公式文書に署名する)名乗りです。
「源」は、家康公が清和源氏の子孫を称していたため、家康公の孫である正之公も当然「源」を名乗っています。
正之公が石灯籠を寄進した慶安4年当時の正式な名乗りは「保科従四位上肥後守左近衛少将源朝臣正之」というメチャクチャ長い名前です。(とても覚えられんな…)
普通には「保科肥後守(ほしなひごのかみ)」と呼ばれていました。

家康公の場合は、「徳川次郎三郎源朝臣家康」あるいは「源朝臣徳川次郎三郎家康」となり、「徳川」が名字、「次郎三郎」が通称、「源」が氏(本姓)、「朝臣」が古代の姓(かばね、古代に存在した家の家格)、「家康」が諱(いみな、つまり本名)または実名(じつみょう)になります。
家康公の公式文書などには単に「源朝臣家康(みなもとのあそんいえやす)花押(手書きの印)」としてあります。昔の文書を見る機会があれば確認してみてください。私的な文書などには「いへやす」って書いています。

実は、こちらへ御朱印をいただきに参拝したのは三度目です。一度目は仕事の都合(無職ではないです(*^_^*))で平日に。他のサイトで社務所が開いているのは土日だけと書いてあったんですが、ひょっとして祭日なら?と思い二度目に参拝するもアウト!
やっと土曜日に三度目の参拝で御朱印をいただく事ができました。

ところでタイトルの日本三大東照宮ですが、以前参拝の「鳳来寺山東照宮」も日本三大東照宮と名乗っておられるので一応暫定3位にしておきましたが、こちらは…ちょっと微妙ですので今のところ4位かな?ほんとは3位でもいいんだけどね(笑)

瀧山東照宮G
やっといただけた御朱印。でも書置きで御朱印帳に糊で
貼りました(><)←これで4位に陥落か?
右から、奉拝 滝山東照宮 日付(スタンプ)です。

次は隣接の「滝山寺」をご紹介します。

スポンサーサイト

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。