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滝山寺と源頼朝の関係は?

  • 2012/12/23(日) 21:22:18

滝山寺 (たきさんじ) ■所在地/愛知県岡崎市滝町山籠107 ■山号/吉祥陀羅尼山(きっしょうだらにさん) ■宗派/天台宗 ■本尊/薬師如来 ■創建/伝・天武天皇時代(673年〜686年) ■開基/伝・役小角(えんのおづぬ・えんのぎょうじゃ)

(参拝日/平成24年11月18日)

ここ滝山寺は、寺伝によると奈良時代、 天武天皇の命で役行者(えんのぎょうじゃ)が薬師如来像を祀る吉祥寺として創建したとされ、 保安年間(1120年〜1123年)天台宗の仏泉上人永救が再興したといわれます。
「役行者」として知られる役小角(えんのおづぬ)は奈良時代の伝説的な山岳修行者で、役行者草創の伝承をもつ寺院は日本各地にあり、その多くが山岳信仰、水源信仰に関わる山寺です。滝山寺もそうした山岳信仰の場であったと考えられています。

平安時代末期から鎌倉時代初期の住職であった寛伝(1142年〜1205年)が源頼朝の従兄弟であったため、鎌倉幕府の庇護を受け、寺に伝わる観音菩薩及び両脇侍像は、頼朝の三回忌にあたる正治3年(1201年)、寛伝が頼朝追善のため仏師運慶(うんけい)・湛慶(たんけい)父子に作らせたものといい、様式的にも運慶一派の作と伝承されてきました。
南北朝時代には 足利尊氏の庇護を受け、また家康公も度々参拝し、同じ敷地内に東照宮を祀ることから徳川幕府の厚い庇護を受けています。

滝山025
「瀧山寺」「滝山東照宮」案内図です。

やっぱりここのお寺は凄いです。鎌倉幕府・足利幕府・江戸幕府、将軍のオールスター勢揃い(*^_^*)
特に「寛伝」という住職さんは「源頼朝」の母方の従兄弟というのにもびっくり!

最初の記事で「源頼朝」は愛知県出身と書いたと思いますが、頼朝は源義朝の三男として尾張の国熱田(現在の名古屋市熱田区)に生まれました。母親は熱田神宮の大宮司の娘です。
「寛伝」という住職さんも母方の従兄弟という関係から愛知県に住んでおり、ここ滝山寺の住職になったと考えられます(これは私の説)。あまり詳しいことは分からないそうです。

源頼朝
こちらが有名な京都の神護寺蔵の源頼朝像です。

私達の世代は歴史の授業でこの人物を「源頼朝」と習い、教科書にも「源頼朝像」として載っていました。ところがこの人、まったく違う人物らしいですね?
(ええーっ!そうなの…?そんな事いまさら言われても(>_<))ですが、今の教科書には「伝・源頼朝像」とちゃんと「伝」の字が付いているんだそうです。

じゃあこの人は誰?ですが、どうも足利尊氏の弟の「足利直義(あしかがただよし)」だと…。
その兄貴の「足利尊氏」の有名な肖像画、黒い馬に乗り大太刀を肩にかついだボサボサ頭で髭面の人、あれも足利尊氏じゃないんだとか…(あの人もうちらの教科書には、尊氏って載ってたんですけど!)やっぱり今の教科書には「伝・足利尊氏」になってるそうな(笑)
「武田信玄」って載ってた坊主頭で、もみあげと口髭が立派な太った人も違うんだって。こんなに後から違ってたぁ!というのがいっぱい出て来るんなら、最初から全部「伝○○」って付けときゃいいのにね…

話しをもどします。最初に書いたように、寛伝という住職さんが運慶に作らせた仏像が宝物殿で拝見出来ると知り、さっそく宝物殿へ伺いました。
運慶の作といえば、奈良東大寺南大門の金剛力士立像(国宝)が特に有名です。鎌倉時代最高の仏師と言われ、ダイナミックで力強くリアリズムな作風で「慶派」という新しい仏像彫刻の流れを作った人物です。
そんな運慶仏がここにあるんや…それも間近でみられるかも?楽しみぃ!

滝山0240
左が木造帝釈天立像、中が木造観音菩薩立像、右が木造梵天立像です。

重要文化財で撮影禁止なので、いずれの写真もパンフレットからお借りしました。

滝山0190
こちらが左の「木造帝釈天立像」

滝山021
こちらは右の「木造梵天立像」

滝山020
そして中央の「木造観音菩薩立像」

三尊とも間近で拝見出来ました。ガラスケースも何にもありません…(セキュリティ大丈夫?)
それにしてもこの三尊、いつまで拝見してても見飽きません。さすが運慶仏!

しかし、「木造観音菩薩立像」には、まだとんでもない秘密が隠されていました…

この三尊は頼朝の従兄弟の「寛伝」という住職さんが頼朝の三回忌に運慶に作らせたと書きましたが、完成時、像内に頼朝の鬚(あごひげ)と歯を納めたという伝承もあったそうです。
じゃあ調べて見ようと、X線撮影をしたところ観音像の像内、口の辺りに人間の歯らしきものが固定されているのを発見!伝承は本当で、この三尊も運慶一派の作と改めて認められました。(愛知県の運慶仏はここだけ)

んんん…!お寺の伝承って馬鹿にできませんね〜頼朝の歯と、あごひげがここにあるなんて全然知らなかった。

滝山0220
この「木造観音菩薩立像」をX線撮影したんですね…
そうしたら…

滝山023
こんなんが写っちゃったと…ちょうど口の部分に本物の歯が納まっています。

いやぁー!滝山寺恐るべし!!宝物殿では実物が拝見できますので興味のある方はぜひお参りください。
ここで一つ疑問が湧きませんか?鎌倉時代の仏さんが何故こんなに綺麗な彩色が残っているのか?(秘仏でお厨子に入っているわけではありません)
どうも明治時代に塗り直されているようです。後彩色(あとさいしき)がなければたぶん国宝ですね。

あとこの宝物殿には、信長から家康公へ宛てた鯉を送って貰ったお礼状(有名な「天下布武」の印判入り)など、歴史マニアにはたまらないお宝がいっぱいです。
こちらも、二月の「鬼祭り」以外は参拝客も少なくお勧めの穴場です。

瀧山寺G
やっと御朱印の紹介です。こちらは宝物殿で書いていただきました。
右から、奉拝 日付 薬師如来 瀧山寺です。

またまた長文になってしまいましたm(_ _)m ←ほんとに懲りんやっちゃ!学習能力0!

今回は家康公の出番が少なかった…次回は、未定です。(考え中、たぶんまた岡崎市)

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