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インゲン豆と徳川家

  • 2013/01/03(木) 00:46:52

黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ) ■所在地/京都府宇治市五ヶ庄三番割34 ■山号/黄檗山 ■宗派/黄檗宗大本山 ■本尊/釈迦如来 ■創建/寛文元年(1661年)■開基/隠元隆琦

(参拝日/平成24年11月2日)

新年最初の更新です。今年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

今回は、いきなりこんな写真からです(*^^*)
万福寺020
自画像ではありません。が、メタボ感は近いものがある…(*^_^*)

「ドーン」(懐かしい〜)の人でもありません。喪黒
しかしよく似てるな(^-^)「オーッホッホッホッホッ」

新年らしくおめでたい金ピカの七福神「布袋さま」です。(でもちょっと怖いというか不気味…)

久しぶりに京都・宇治に来ました。旅の目的は、京都にある徳川家ゆかりの寺社で御朱印をいただく事です。
いつもは車で出歩いているんですが、たまには新幹線もいいかな?と、三河安城駅から「こだま」に乗り込みました。(三河安城駅は「こだま」しか停まらないので(^_^;))
萬福寺へは京都駅からJR奈良線に乗り換えです。平等院で有名な「宇治」駅の一つ手前、「黄檗(おうばく)」駅で下車、駅からは歩いて7〜8分で到着です。
「黄檗=おうばく」京都人以外なかなか読めないですよね?ここのお寺を知っているか、家の宗派が黄檗宗の人くらいしか読めないんじゃないかな…

ここ萬福寺は、臨済宗・曹洞宗と並ぶ日本三禅宗のひとつ黄檗宗の大本山です。江戸時代の初め寛文元年(1661年)に中国の僧、隠元(いんげん)禅師によって開創されました。
禅師は日本からの度重なる招請に応じ、1654年、63歳の時に弟子20名を伴って来朝。宇治の地でお寺を開くにあたり、寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺」と名付けました。
建物は中国の明朝様式をとり入れた伽藍配置で、創建当時の姿を今に伝えている数少ないお寺です。(創建が江戸時代と新しいですからね(^_^;))

仏教儀式や作法、お経も全て中国の明の時代そのままの形で受け継がれており、般若心経も「まかはんにゃはらみたしんぎょう…」と唱えるところを、「ポゼポロミトシンキン…」というように唐音(とういん)つまり中国読みで唱えているそうです。

ところで、このお寺を開いた隠元禅師、この方が中国から伝えたのが「インゲン豆」です。他に西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)なども隠元禅師が一緒に日本に伝えたものといわれています。という事は、私たちが日頃食べているこれらの物は、江戸時代初めまでは日本には無かったという事ですよね?(んんん、知らなかった…)
また、お寺で必ず目にする「木魚(もくぎょ)」を本格的に使用したのも隠元さんだそうです。

ちなみに、木魚の生産日本一の県はどこか分かりますか?
答えは、我が故郷「愛知県」です!d(^_^)v
あと、お寺が日本一多い県は?
京都?、NO!。奈良?、NO!。これも意外や意外「愛知県」d(^_^)v
①愛知県 4853ヵ寺 ②大阪府 3414ヵ寺 ③兵庫県 3321ヵ寺 ④京都府 3079ヵ寺・・・奈良県 1838ヵ寺
ダントツで愛知県が多いです。でも有名寺院が多いのは圧倒的に京都・奈良ですね…(これは負けてる!)

万福寺002
万福寺001
中国風の「総門」です。「葵の御紋」の幔幕が張ってあります。
ドーン!「オーッホッホッホッホッ」(くどい〜?)

何故こちらに「葵の御紋」があるのか…

承応3年(1654年)明から来朝した隠元禅師は、万治元年(1658年)江戸へおもむき、4代将軍徳川家綱に拝謁。家綱は隠元に深く帰依し、幕府からは山城国宇治に土地が与えられ、新しい寺が建てられることになりました。寺は寛文元年(1661年)に開創され、造営工事は将軍家や諸大名の援助を受けて延宝7年(1679年)頃に現在の伽藍が完成しています。
隠元は、中国に残してきた弟子たちに「3年後には帰国する」という約束で来朝していましたが、ここに至って日本に留まることを決意し、結局日本に骨を埋めることになりました。

という訳で、徳川幕府が隠元さんのために建立したお寺なので「葵の御紋」なんですね(#^.^#)

境内図
「境内図」です。メチャメチャ広いです!新規参入のお寺では京都市内にこの広さの土地は確保出来なかったでしょうね。

万福寺016
「山門」ですが、あまり中国風な感じはしませんね。
山門からは一直線に諸堂が並ぶ伽藍配置です。

万福寺022
このお寺の玄関でもある「天王殿」です。この中におられるのが…

ほていさん
こちら、ドーン!じゃなくて〜、金ピカの「布袋尊(ほていそん)」です。
中国では「布袋尊」は「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」の化身と言われているそうです。

四天王
左右に布袋尊を守る「四天王」が安置されています。
こちらは四天王の内の「増長天」。ちょっと短足(^_^;)

万福寺023
布袋尊の背後を守る「韋駄天」です。
カッコいいですね!

いずれも来日していた明の仏師、范道生(はん どうせい)の作で中国風の様式で造られています。特に布袋尊は日本ではあまり見られない様式ですね。

万福寺012
「大雄宝殿」日本の一般的な寺院の本堂、仏殿にあたる建物です。

万福寺005
大雄宝殿の前の見事な「香炉」割ったら大変そう!

万福寺011
ご本尊の「釈迦三尊像」です。脇侍は釈迦の十大弟子の阿難(あなん)と大迦葉(だいかしょう)です。

万福寺013
「卍字(まんじ)くずし」の勾欄(手すり)がある「法堂」です。

万福寺004
こちらが「卍字くずし」の勾欄です。まさに中国様式ですね。

万福寺006
「卍字」そのまま(^_^;)

万福寺007
「卍字」「卍字くずし」の影が石畳に…

万福寺003
案内図のように諸堂の間を回廊で繋いでいますが、回廊全てに
「葵の御紋」入りの吊り灯籠があります。

万福寺009
やはり萬福寺で有名な物といえばこれですね。斎堂(食堂)前に吊り下げられている巨大な木製の魚。

これは開梆(魚梆)(かいぱん)と言って、叩いて食事や法要の時間を知らせるためのもので、木魚の原型と言われています。
魚の形をしているのは、魚は昼夜を問わず目を閉じないことから、寝る間を惜しんで修行に精進しなさいという意味で、口に咥えた丸いものは煩悩を表し、魚の背を叩くことで煩悩を吐き出させる、という事だそうです。
あ、これは一般の参拝客は叩けないのでくれぐれも注意してくださいね!(お坊さんが午前11時45分に叩かれるそうです)

万福寺御朱印01
「葵の御紋」入り、ご本尊の御朱印です。
右から、奉拝 大雄宝殿 宇治黄檗山
いやぁ!お寺さんの墨書きは達筆すぎて分かりません(><)
まだこちらは分かりやすい方です。次が読めなかった!

万福寺御朱印02
同じく「葵の御紋」入り、「韋駄天」と「萬徳尊」の御朱印です。
右のページ、奉拝 日付 韋駄天 宇治萬福寺
左のページ、奉拝 日付 萬徳尊 黄檗山
こちらの二つ達筆すぎ!「韋駄天」なんか「駄」しか読めない(T . T)

特にこの二つの墨書き、ブログにアップするにあたって読み返したんですが、最初はさっぱり読めんかった…
でも三つとも葵の御紋入りの御朱印で大満足です!

まだこちらには例の「ドーン」の(失礼!)「布袋尊」の御朱印があるんですが、葵の御紋が押してないので今回はスルーしてしまいました(^_^;) 布袋さん、ごめんなさい(>人<;)
もう一つ萬福寺で有名な物といえば「普茶料理(ふちゃりょうり)」があります。ざっくり言うと中華風精進料理ですが、値段が高いのでスルー!(こちらは謝らないぞ。もっと安く食べさせてよ…)

以上、葵の御紋いっぱいで大満足の萬福寺さんを後にしました。
次回も京都を巡ります…

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  • 投稿者: -
  • 2013/01/05(土) 08:52:12
  • [編集]

シゲサブローさん

> どもども、ちょっと乱入しました。
> 万福寺といえば、
> 京都七福神で色紙にご朱印を押してもらいましたー。
> 現在はわが玄関におわしますです。
> 1月末までは、京都七福神の強調月間らしく
> 良いこともあるかと思います。
> 結構格調高い色紙になりませでえ…・
> (ちょっと自慢してみました)

初コメントありがとうございます。
そうですよね、萬福寺さんは都七福神巡りの布袋さんでした(^_^;)
色紙、他の方のブログで拝見しましたがいいですねー
あとで御朱印をいただいておけばと…
次回参拝させていただく時には御朱印いただきます!

  • 投稿者: みっちゃん
  • 2013/01/05(土) 11:21:22
  • [編集]

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