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江戸七分 ほどは聞こえる 芝の鐘

  • 2013/02/13(水) 16:57:10

増上寺① (ぞうじょうじ)■所在地/東京都港区芝公園四丁目7番35号 ■山号/三縁山(さんえんざん)■宗派/浄土宗鎮西派 ■本尊/阿弥陀如来
■創建年/明徳4年(1393年)■開基/酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人■正式名/三縁山 広度院 増上寺(さんえんざん こうどいん ぞうじょうじ)

(参拝日/平成25年2月6日)

川瀬巴水03
「昭和の広重」と呼ばれた、川瀬巴水(かわせ はすい)の『増上寺の雪』です。

初めて参拝しました「増上寺」。今回の東京旅行、一日半の日程しかなかったので何処へ行こうか散々迷いました(>_<)
上野の寛永寺を参拝するか、芝の増上寺を参拝するか?ホテルでどちらが近いか地図と睨めっこです(田舎者なので全然分かりません(T ^ T))んんん、品川からだと芝の方が近いか?上野は広そうだし時間的に無理か?
品川のホテルを出たのが3時30分、なぜ品川?は、まあいろいろあって
ノーコメントです(^_^;)
お寺が閉まっちゃうのは4時半か5時か?参拝して御朱印をいただいて、写真撮影をしてたら時間がな〜い!
駅でウロウロしてるよりはと、「増上寺までお願いします!」とホテルからタクシーに飛び乗りました。

(おっ、タクシー使ったの?贅沢( ̄◇ ̄;))
雨が降ってたし、何に乗ったらいいかサッパリ分からんしf^_^;)
(お互い田舎者だしな…)
お互いって、あんた誰?(ーー;)

この日は関東地方は大雪の予報でしたが外は雨。途中、「泉岳寺」の看板を見ながら「ここが赤穂浪士の墓がある泉岳寺ね?でも自分は吉良さんの地元に近いからスルーだな…」などと言っていると、雨に煙る東京タワーが見えて来ました。増上寺へ到着です。

増上寺004
残念ながら雪ではなくて雨の増上寺「三解脱門」です。

うわーっ!凄い三門…これ、写真で見た!見た!さすが東京f^_^;)
(ほんと、田舎者まるだしだな…)
「・・・」

ここ芝の増上寺は、上野の寛永寺と並び徳川将軍家の菩提寺で、徳川将軍15代のうち、2代秀忠・6代家宣・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂の6人、その他将軍の正室、側室、子女ら計35名が葬られています。

天正18年(1590年)家康公が江戸入府の際、武蔵国豊島郷貝塚村(現在の千代田区平河町から麹町にかけて)にあった増上寺の住職、源誉存応(げんよぞんのう)上人に深く帰依したのが菩提寺となるきっかけと伝えられています。
貝塚から一時日比谷へ移った増上寺は、江戸城の拡張に伴い、慶長3年(1598年)家康公によって現在地の芝へ移されました。風水学では、寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものといわれます。

増上寺鳥瞰図02
明治時代の増上寺境内全図です。

第二次世界大戦前には台徳院(秀忠)霊廟、崇源院(秀忠夫人)霊牌所、文昭院(家宣)霊廟、有章院(家継)霊廟が国宝に指定されており、その壮大さは上図の様に日光東照宮に引けを取らないものでしたが、昭和20年(1945年)2度の空襲を受け3月10日に北廟68棟が被災、
続く5月25日に南廟28棟が被災し、その建造物群のほとんどを焼失しました。
歴代将軍の広大な北廟跡地と南廟跡地は、現在いずれもプリンスホテルになっており、本堂裏(西)は東京タワーになっています。

増上寺境内図
焼け残った建物は「三解脱門」「黒門」「梵鐘」「水盤舎」「経蔵」
「台徳院霊廟惣門」「有章院二天門」「御成門」と、現在の徳川家霊廟の「鋳抜門」のみです。(台徳院霊廟 勅額門、丁字門、御成門は埼玉県所沢市の狭山山不動寺(西武ドーム前)に移築されています。)

sangedatumon
戦災を免れた壮大な三解脱門(さんげだつもん・三門)。元和8年(1622年)建立の二重門(重層で各層に屋根が付く門)です。

この門をくぐると、三毒『3つの煩悩、貪(とん、貪欲)・瞋(しん、怒りの心)・癡(ち、愚痴)』から解脱できるとされており、内部には釈迦三尊像と十六羅漢像を安置しています。

増上寺019
三門をくぐった先が「大殿(本堂)」です。
境内、左の緑の屋根が戦災を免れた「水盤舎」。

増上寺009
境内から見た「三解脱門」、迫力あります。

増上寺013
「水盤舎(すいばんしゃ)」、手水舎(ちょうずや・てみずや)とも呼ばれ、参拝者が身を浄めるため手水を使う場所です。

suibansya

増上寺012
案内板のとおりですが、もとは家光3男「徳川綱重(とくがわ つなしげ)」の霊廟(現在の東京タワー辺り)にあったものです。

増上寺016
彩色の剥落が激しいですが、創建時の貴重な遺構です。

増上寺001
「大殿」は昭和49年(1974年)に鉄筋コンクリート造りで再建されました。

増上寺002
「増上寺」の扁額です。

増上寺040
「大殿」内陣です。

増上寺039
ご本尊「阿弥陀如来」です。床がピカピカ!光ってます(*^^*)

「大殿」を参拝して、御朱印をいただけるお隣りの「安国殿」へ向かいます。

「安国殿」は、法燃上人800年御忌を記念して平成23年(2011年)に再建されました。「安国殿」の名称は、家康公の法号『安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士(あんこくいんでんとくれんじゃすうよどうわだいこじ)』の最初の「安国殿」からその名がとられ、家康公の念持仏として有名な、秘仏「黒本尊(くろほんぞん)阿弥陀如来」が祀られています。

増上寺006
新築の「安国殿」。後ろには東京タワーです。

増上寺007
幔幕には葵の御紋と菊の御紋が染め抜いてあります。

こちらには、ご本尊の「黒本尊(くろほんぞん)阿弥陀如来」、また両脇陣には、聖徳太子像、仏舎利、そして14代将軍家茂(いえもち)に降嫁し、家茂の死後は静寛院宮(せいかんいんのみや)と名乗った「皇女和宮(かずのみや)」様の木像が祀られています。和宮様も薨去後、ここ増上寺に夫の家茂と並んで葬られました。

増上寺045
家康公の念持仏「黒本尊」、秘仏のためこちらは
お前立です。

増上寺044
「皇女和宮」様の木像です。

そろそろ時間もなくなってきたので、参拝を済ませてこちらの安国殿で御朱印をいただきました。

(ん?今回は御朱印の紹介、ずいぶん早いな?)
あ、実は紹介したい写真がいっぱいあって忘れちゃいそうなので…
(そんなに見せても飽きると思うけど(ーー;))
まあまあ旦那、そう言わずにσ(^_^;)
(旦那って、あんたねぇ…)

増上寺御朱印02
まずは、大殿のご本尊「阿弥陀如来」の御朱印です。

増上寺御朱印01
そしてメインの葵の御紋入りの御朱印です!
「黒本尊」の御朱印。

ここまで来た甲斐がありました(T_T) 葵の御紋入りの御朱印!これだけで大満足(^_^)v

増上寺022
次に、安国殿の裏にある現在の「徳川家霊廟」に
回ってみました。

戦災前の徳川家霊廟は、現在プリンスホテルの所有地になっている「北御霊屋」と「南御霊屋」に分かれた広大なものでした。
特に「南御霊屋」の大部分は、東照宮と五重塔、台徳院(たいとくいん・2代将軍秀忠)の霊廟、秀忠夫人の崇源院(お江)の霊牌所で占められていました。
「北御霊屋」には、文昭院(6代家宣)霊廟、有章院(7代家継)霊廟の他、将軍正室・側室・子女の宝塔が建ち並び、もし現在残っていれば、あるいは日光東照宮をはるかに凌ぐスケールだったと思います。
(こちらは昔の写真を交えながらPart2で紹介します。)

増上寺023
霊廟の公開日ではなかったため、扉は閉まっています。

この門は旧国宝で「鋳抜門(いぬきもん)」と呼ばれ、もとは文昭院(6代家宣)霊廟の奥院の宝塔前中門だったものです。
鋳抜門とは、その名のとおり扉以外を鋳型で抜いた門の事で、青銅製のため戦災にも焼け残りました。
左右に昇り竜、下り龍が鋳抜かれています。

増上寺024
扉には10個の葵の御紋が打たれています。真鍮製のようです。

増上寺026
塀越しに撮影してみました。手前の宝塔(石塔)は7代将軍家継の
宝塔か?(塀越しなので自信なし…)

現在この霊廟には、2代 秀忠夫妻、6代 家宣夫妻、7代 家継、9代 家重、12代 家慶、14代 家茂、静寛院和宮、将軍生母側室等の8基の宝塔があります。戦前までは宝塔・墓は独立していましたが、戦後墓地の改修等で合祀されて今の姿になっています。

増上寺027
こちらの青銅製の宝塔は和宮様のようです(こちらも自信なし…)。

御朱印も無事にいただいたし、と増上寺をあとに芝東照宮へ向かいました。

「ゴォォォーン…ゴォォォーン…」

いい音ですねぇ〜
これが『江戸七分 ほどは聞こえる 芝の鐘』と川柳に詠まれた増上寺の鐘かぁ…しんみりするなぁ(−_−)
などと言ってる場合じゃなーい(; ̄O ̄)確か鐘撞きは5時のはず。しまった!東照宮はもう閉まってるがな!

増上寺037

増上寺049
この大梵鐘は、木更津まで響いたといわれ、
「江戸っ子鐘」と親しまれているそうです。

本当にいい音ですが、関東の人間ではないのでここから「木更津」がどれくらいの距離かさっぱり分かりません(^_^;)
木更津って確か千葉県ですよね?昔はビルも無かったし、鐘の音も風に乗って響いたのかな…

芝東照宮001
とりあえず行ってみました「芝東照宮」やっぱり閉まっていました。
御朱印はいただけず(>人<;)

ふたたび増上寺へ戻って「台徳院(たいとくいん)霊廟惣門」を撮影する事に…
(行ったり来たり忙しいやつヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3 )
撮影、忘れちゃったのでσ(^_^;)

増上寺033
「南御霊屋」2代将軍 徳川秀忠の霊廟への惣門です。こちらも戦災を免れた貴重な遺構ですが、現在は増上寺の手を離れてプリンスホテルの所有になっています。

増上寺036
日が暮れてのライトアップも綺麗です。

これでPart1は終わります。次回もまた増上寺Part2を…

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