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高野山の東照宮

  • 2013/04/05(金) 22:09:35

金剛峯寺 徳川家霊台(こんごうぶじ・とくがわけれいだい)高野山東照宮 ■所在地/和歌山県伊都郡高野町高野山682 ■徳川家康公霊屋・秀忠霊屋 ■創建/寛永20年(1643年)■開基/徳川家光

(参拝日/平成25年3月24日)

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久しぶりのブログ更新ですm(_ _)m

初めて参拝しました「徳川家霊台」。まさか高野山に「東照宮」があるとは思いもしませんでしたが、ここは東照宮マニアとしては外せない場所で、一度は参拝したいと思っていました。

「徳川家霊台」は高野山東照宮とも呼ばれ、祖父家康公、父秀忠の霊を祀るため、3代将軍徳川家光により寛永20年(1643年)に建立されました。元は高野山内の一寺院「大徳院」の建物で、大徳院自体は明治になり他の寺院と合祀されたためこの霊台だけが残り、現在は金剛峯寺が所管しています。

「大徳院」は、代々徳川家との関係が深い寺院で、天文5年(1536年)には家康公の祖父である松平清康の納骨が行われています。文禄3年(1594年)の家康公の高野山参詣を機にそれまでの「蓮華院」を、弘法大師の「大」と徳川の「徳」を合わせて「大徳院」と改められたといわれています。以後、近世までは徳川家の菩提寺であり、高野山における徳川家の宿坊でした

家康公霊屋(おたまや)、秀忠霊屋 は、いずれも江戸時代初期の代表的霊廟建築として「東の日光東照宮、西の高野山徳川家霊台」と称されるほど、絢爛を極めたもので国の重要文化財に指定されています。

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高野山、徳川家霊台付近の案内図。五の室地区、南院・波切不動堂の裏に位置しています。

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徳川家霊台の前に建つ南院と波切不動堂です。

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江戸時代の「大徳院」並びに「徳川家霊台」の図。
この図にある本堂のあたりが、現在の南院と波切不動堂になります。

上方、石段を登った所に一重宝形造り(いちじゅうほうぎょうづくり)の建物が二つ並んでおり、向かって右が東照宮家康公霊屋(おたまや)、左が台徳院秀忠霊屋となっています。
東端には将軍および御三家のための尊牌堂(そんぱいどう)がありましたが、明治21年(1888年)に焼失しました。

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大徳院は明治になり、総本山金剛峯寺の東隣に移転し「蓮花院(れんげいん)」に名前を戻しました。

高野山(こうやさん)は、和歌山県伊都郡高野町にあり、平安時代の弘仁10年(819年)頃より「弘法大師空海」が修行の場として開いた高野山真言宗の総本山で、比叡山と並び日本仏教における聖地といわれています。
「一山境内地(いっさんけいだいち)」と称し、標高800m、周囲を深山に囲まれ東西5.5km、南北2.3kmの山上盆地の至る所がお寺の境内地であり、「壇上伽藍(だんじょうがらん)」と呼ばれる根本道場を中心とし、山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺(山号は高野山)をはじめ117か寺に及び、山内に保育園から大学までの教育施設、役場、病院、消防署、警察署を備えた一大宗教都市を形成しています。

今回は、西国三十三ヶ所霊場巡り満願の御礼参りも兼ねての参拝です。麓の九度山町から国道370号線(高野山道路)で山上へ。17km程の山岳道路ですが、延々と続く山道はさすがに飽きてきます(^_^;)愛知県からは約4時間30分、やっぱり高野山は遠いです(T_T)
この日お世話になる、蓮花院のお隣りの宿坊「一乗院」に車を預けて、念願の「徳川家霊台」にまず参拝。

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石段を登り、山門をくぐった先が「徳川家霊台」です。

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江戸時代の図にある様に石垣が続きます。

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右に家康公の霊屋(おたまや)、左に秀忠霊屋が並んで建っています。

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家康公の霊屋は「東照宮」として祀っているため鳥居が建っています。

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こちらは秀忠の霊屋です。

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家康公の霊屋(おたまや)。

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秀忠の霊屋(おたまや)。

いずれも桁行三間、梁間三間の一重宝形造り(いちじゅうほうぎょうづくり)で、軒唐破風付きの一間の向拝が付き、瓦は銅板瓦葺き。外部は素木(しらき)で唐様(禅宗様式)の仏殿造りとなっています。

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西側から見た家康公の霊屋。

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一見地味ですが飾り金具を重ね張りにし、建物全体に彫刻を施した豪華な作りとなっています。

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東側から見た手前、家康公の霊屋と奥が秀忠の霊屋。

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北から見た家康公の霊屋と透塀(瑞垣)。

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家康公霊屋、正面向拝の唐破風(からはふ)軒の蟇股(かえるまた)には虎と麒麟、上部には天女が舞う彫刻が施されています。

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秀忠霊屋の蟇股(かえるまた)は兎と虎、上部には同じく天女が舞う彫刻が施されています。

これは、家康公が寅年生まれで、秀忠が兎年生まれにちなんだもので、虎(家康公)を麒麟が囲んでいるのは、王が仁政を施す時に瑞兆として現れる霊獣を配置することで、家康公の施政を讃え、兎(秀忠)を虎(家康公)が囲んでいるのは、秀忠を父の家康公が護っていることを示すものといわれています。

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家康公霊屋の内部、須弥壇と厨子(非公開のためパンフレットより)

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同じく家康公霊屋の内部(非公開のためパンフレットより)
金箔の壁には家康公が好きだった鷹が描かれています。

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秀忠霊屋の内部、須弥壇と厨子(同じくパンフレットより)
こちらの壁には帝王を表す唐獅子が描かれています。

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現地の案内板の説明。

外観は素木造りの地味な印象ですが、内部は対照的に2棟いずれも全面を漆、彩色、金箔の障壁画で飾り、天井は金箔貼りの格天井。須弥壇と厨子は蒔絵のあらゆる手法を駆使し、七宝をはめこんだ金具を入れ、その空間は当時の装飾技法の粋が凝縮したものとなっています。
普段、内部は非公開ですが、2012年11月に創建以来370年ぶりに特別公開されたようです。残念ながら次回の公開予定は無いようです(T . T)
多分私の生きている間の公開はないでしょうね(^_^;)

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最後に徳川家霊台でいただいた立派な御朱印です。

次回は、高野山でいただいた他の御朱印を紹介します。

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この記事に対するコメント

初めまして。
徳川家霊台の御開帳は今年10月12日から20日まで特別公開され行って来ました。来年もあるようです、平成27年は高野山開創1200年となりますので、その関係と改修工事があるようなので。
素晴らしい内部でした。是非ご覧になってください。

  • 投稿者: takkunn
  • 2013/10/23(水) 19:00:09
  • [編集]

takkunnさま

コメントありがとうございます。
今月、御開帳があったんですね?全然知らなかったです(T_T) 来年は是非参拝したいと思います。貴重な情報有難うございましたm(_ _)m

  • 投稿者: みっちゃん
  • 2013/10/23(水) 21:23:33
  • [編集]

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